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命散る。
2006年12月28日 (木) | 編集 |
最近話題の映画、「硫黄島からの手紙」を見てきました。

《あらすじ》
2006年、硫黄島。
地中から発見された数百通もの手紙。それは、61年前、この島で戦った男たちが、家族に書き遺したものだった。届くことのなかった手紙に、彼らは何を託したのか。

戦況が悪化の一途をたどる1944年6月、ひとりの指揮官が硫黄島に降り立った。陸軍中将、栗林忠道。アメリカ留学の経験を持ち、それゆえアメリカとの戦いの厳しさを誰よりも知り尽くしていた男。本土防衛の最後の砦とも言うべき硫黄島の命運は、この男に託された。
着任早々、長年の場当たり的な作戦を変更し、部下に対する理不尽な体罰をも戒めた栗林に、兵士たちは驚きの目を向ける。今までのどの指揮官とも違う栗林との出会いは、硫黄島での日々に絶望を感じていた西郷に新たな希望を抱かせる。従来の常識にとらわれない栗林のやり方は、古参の将校たちの反発も呼んだが、一方で頼もしい理解者もいた。そのひとりが、ロサンゼルスオリンピック馬術競技の金メダリスト、「バロン西」こと西竹一中佐だった。

硫黄の臭気が立ち込める灼熱の島、食べ物も飲み物も満足にない過酷な状況で、栗林の指揮のもと、彫り進められる地下要塞。島中に張り巡らせたこのトンネルこそ、米軍を迎え撃つ栗林の秘策だった。

1945年2月19日、遂にアメリカ軍が上陸を開始する。その圧倒的な兵力の前に5日で終わるだろうと予想された戦いは、36日間にも及ぶ歴史的な激戦となった。死こそ名誉とされる戦争の真っ最中にあって、栗林中将は兵士たちに「死ぬな」と命じた。最後の最後まで生き延びて、本土にいる家族の為に、一日でも長く島を守りぬけ、と。
栗林の奇策に反発し、軍人らしく玉砕を貫こうとする伊藤中尉、憲兵隊のエリートから一変、過酷な戦場へと送り込まれた清水、戦場にあってなお国際人であり続けたバロン西、まだ見ぬ我が子を胸に抱く為、どんなことをしても生きて帰ると妻に誓った西郷、そして彼らを率いた栗林もまた、軍人である前に、家族思いの子煩悩な父であった。

61年ぶりに届く彼らからの手紙。そのひとりひとりの素顔から、硫黄島の心が明かされていく…。



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