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手紙。
2006年12月10日 (日) | 編集 |
久しぶりに何を思ったのか、テレビをつける。
ドラマ「硫黄島 戦場の郵便配達」を勢いに任せて、見る。



あらすじ。
東京・小笠原に位置する、硫黄島。面積わずか22平方キロメートルのこの小さな硫黄島は、第二次戦争中、もっとも過酷な戦地だったと言われている。灼熱地獄に苦しみ、兵器も食料も、そして一杯の水さえも口にできない悪条件の中、一日でも長く生き延びて「敗戦」を遅らせるために戦った兵士たち・・・。
そんな彼らの心を支えたのは“手紙”だった。
文字通り家族を守るために戦った男たちが、当の家族へ宛てて書いた手紙。
そこには勇ましい言葉や恩着せがましい文字、悲壮な語句は一切無く、家族の暮らしを思いやる当時の日本の軍人とは思えぬ優しく細やかな気配りで溢れていた。
そんな硫黄島の兵士たちに、家族からの手紙を届けた男がいる。
木更津航空隊少尉・根本正良。
当時、若干23歳のパイロットだった根本は、硫黄島への緊急物資輸送を命ぜられ、一式陸攻(=輸送爆撃機)の機長として、硫黄島に手紙を届ける。
学徒出身の根本が初めての硫黄島で見たものは、痩せさらばえた兵士たちの悲惨な姿、そして、家族からの手紙をむさぼり読む喜びに満ちた表情だった。
帰り際、家族への手紙を渡された根本は、以後、命を賭して硫黄島と本土を往復し、血染めの手紙を届けようとする。しかし、硫黄島はすでに本土からの支援もままならない“見捨てられた島”と化していた…



陳腐な言い方しかできないけど、戦争って怖いと思った。
死ぬのが怖いって思った。
それから、大切な人が死んでしまうのは、もっと怖い。
大切な人が戦地に行っているのに、自分には何もできないって言うのは、この上なくつらい状況。
それを表に出すこともできない。
母ってつよいと思った。

何でこんなありきたりな言い方しかできないんだろう。
今感じたのは、こんな程度のしょうもないことなんかじゃないのに。

戦争という限界状況。
限界状況にいるんなら、神に出会えるんじゃなかったの?
人に気持ちを伝える手紙。
手紙を届けることに命を懸けた青年。
気持ちを伝えることの大切さが分かった。
分かったのは私。
分からせてくれたのは、硫黄島で61年前に死んだ人たち。
そんなの、不条理だ。
私は、戦争に行ったこともなければ、銃を握ったこともない。
戦中に比べて平和な生活を送ってると思う。
そんな私が、いてもいいの?
いいとこ取りみたいで。
今できることは、命を無駄にしないこと。
自分のもだし、私の周りの人のもだけど、61年前の人たちの分も。
思い上がりだけど。
でも、生きるってことの責任感。
でも、不条理だ、やっぱり。
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